産道を広げる処置を受けた、入院初日の夜。
翌朝からは、促進剤で陣痛を起こす予定になっていた。
この夜、私は今日がお腹の赤ちゃんと過ごす最後の夜になると思っていた。
19:35|ココアを買ってきた
ココアを買ってきた。
気持ちが落ち着かない。
お腹の圧迫感もある。
腰が痛い。
私の痛みなんて、これから出産する人の痛みに比べたら、比にもならない。
そんなふうに、自分の痛みを小さく考えていた。
眠りたいと思った。
でも、お腹の違和感で眠れる気もしない。
今日がこの子と過ごす最後の夜なんだと、急にしんみりとした気持ちになった。
お腹はまだ大きいし、あたたかい。
最後の夜だね。
育ってくれてありがとうね。
幸せだよ。
声をかけながらまた泣いて、夜が明けるまでの時間を数えた。
授かったのも、育てたのも、傷ついたのも、苦しんだのも。
心も体も全部すり減らしてる時は、いつもひとりだった。
でも、お腹の中にもうひとりいたから、ふたりぼっちでおしゃべりしながらやってこれた。
許さないでね。
恨んでいいよ。
ごめんね。
ありがとう。
背負うのもひとりぼっち。
ひとりぼっちになっちゃうよ。
8月18日 0:00|日付が変わった
見回りの看護師さんに対して身体を起こしたら、
「見回りなので大丈夫ですよ」
と言われた。
0:30|産気づいている人の声
うめき声が聞こえてくる。
目が冴える。
産気づいている声だと気がついた。
声にならないうめき声が、定期的に聞こえる。
もう日付が変わっているから、今日生まれてくるのかもしれない。
なんだか少し、自分も力が入った。
私が迎える死産とは真逆だけど、何かできるわけもないのに、何かできたらいいのにと思ってしまった。
奇跡と隣り合わせなんだ。
そういう場所に私はいる。
0:50|ベッドの柵に身体を寄せて
お手洗いへ行く。
入院するのも初めてなので、病院はもっと怖いものだと思っていた。
産院だから、普通の病院とは雰囲気が違うのかな。
お腹の圧迫感を常に感じている。
朝には促進剤で陣痛を起こすのだけれど、どのくらいの痛みなんだろう。
どのくらいで出てきてくれるんだろう。
わからないことだらけ。
お腹の下の方が張っていて硬い。
たまにポコポコする。
動いているのかな。
自然と瞼が下がるまで、ぼーっとしているしかない。
なぜか右側だけ、身体をベッドの柵にぴったりとくっつけて横になっている。
左側は、人がひとり横になれるくらいのスペースも空いている。
不自然な格好だな。
右側が埋まっているのが心地よいのかもしれない。
理由はわからないけれど、これがよかった。
誰かが隣にいるような気持ちになるのかな。
先生も看護師さんも、
「旦那さんは?」
「パートナーさんは? 来てくれていないの?」
と何度も聞いてくれた。
ひとりです。
と何度も答えた。
今日も明日も明後日もひとりです。
これから受け取る死産届も、私だけで受け取ることになる。
大半の人は、分かち合える誰かがそばにいるんだろうな。
1:30|「お出かけしましょうね」
少しだけ眠れそうな気がしてきた。
泣き疲れて瞼が重いのもある。
目を閉じたり開けたり。
もうお外に出てくるのよ、今日だよ。
お出かけの準備はできましたか。
お出かけしましょうね。
お腹に話しかけてる。
あなたのお鼻は骨がしっかりあってね、お父さん似だよ。
骨格もしっかりしてるなって私は思ってた。
これもお父さん譲り。
私の好みの話になっちゃうけど、お父さん似のお鼻は誇っていいよー。
綺麗なお鼻の形してるんだよ。
私に似ているところはどこかあるのかなぁ。
強い身体かなぁ?
首の後ろのむくみも正常だった。
染色体のことがわかるまでは、順調に育ってくれていると思っていた。
でもごめんね。
お外に出てきた時には、お父さんには会えないね。
ごめんね。
寂しいよね。
会いたかったよね。
でも私がいるからね。
お母さんだよ。
わたしがあなたのお母さんだよ。
妊娠してからの時間を思い出す
なんだか色々思い出してしまう。
病院へ通った日々。
お腹がチクチクして、着床したのかなと感じた日。
妊娠が確定した日。
宇宙みたいにキラキラ輝く胎嚢の輪っかが見えた日。
小さなまん丸が人の形になってきて、尻尾が生えていたのを見た日。
心臓の音を聞いた日。
手足が見えて、鼻の骨も見えた日。
高齢出産のリスクは常に意識していた。
染色体異常の可能性が高くなることも。
喜びを感じた日はあったけれど、安心を感じたことはなかった。
つわりキツかったな。
最終的に−5kg。
今もまだつわりがあるのが、苦しさでもある。
生きてるよーって、大きくするぞーって、身体が反応しているんだなと思うから。
涙が止まらないな。
本当に夜が長い。

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