9時45分。
病室へ入った。
羊水検査で21トリソミー陽性が確定して、
そのまま人工死産のための入院が始まった。
まだ朝だった。
今日一日が、
どんなふうに終わるのか分からなかった。
10:05|最初の産道拡張の処置
看護師さんに呼ばれて、処置室へ向かった。
診察台に上がる。
何をされるのか、細かいところまでちゃんと理解できていたわけではない。
処置の前に、先生に聞かれた。
「エコー見る?」
見られなかった。
つらくて、見ることができなかった。
8月7日の羊水検査のときは、育っている赤ちゃんを見た。
昨日も、お腹を撫でながら、一緒に景色を見た。
でも今日は、見られなかった。
産道を広げるための管を入れる。
そして、管が出てこないようにガーゼを詰める。
タンポンよりずっと長いような感覚がした。
実際に見たわけではない。
ただ、そう感じた。
痛みよりも、
「これが始まったんだ」
という感覚の方が強かった。
人工死産のための処置。
赤ちゃんを産むための準備。
それが、本当に始まってしまった。
10:15|最初の処置が終わった
お腹に違和感を感じながら、処置室を出た。
出血をしていた。
ナプキンは持ってきていたので、よかったと思った。
次に管を増やす処置は夕方だと言われた。
それまでは、病室で過ごすことになった。
10:20|新生児とすれ違う
病室へ戻る途中、エレベーターで新生児とすれ違った。
とても小さかった。
生まれたばかりの赤ちゃん。
病棟のあちこちからも、赤ちゃんの泣き声が聞こえていた。
可愛い声だった。
不思議だった。
悔しいとか、
憎いとか、
そういう気持ちはなかった。
ただ、
涙が出た。
赤ちゃんが泣いている。
ちゃんと生きている。
その声を聞いて、
私は「幸せのお裾分けみたいだな」と思った。
でも、
涙は止まらなかった。
どうして泣いているのか、
自分でもよく分からなかった。
この子たちに、幸せだと思える時間がこれからたくさんありますように。
そんなことを思った。
11:26|看護師さんの優しさ

看護師さんが何度も様子を見に来てくれた。
手首のバンドをつけたり、排尿や排便の記録用紙を持ってきてくれたりした。
私がこれから死産をすること。
ひとりで入院していること。
きっと、
気にかけてくれていたんだと思う。
優しい人だなと思った。
こういうときほんの少し優しくされただけで、涙が出てしまう。
11:40|赤ちゃんを見たい
喉が渇いたので自動販売機を探した。
新生児室の近くにあるらしい。
「赤ちゃん見られるかな」
少しだけ、そんなことを思った。
自分でも驚いた。
私は、赤ちゃんを見たいと思っていた。
やっぱり私は子どもが好きなんだな。
そう思った。
憎いとか、
悔しいとか、
そういう気持ちではなくてよかった。
でも、新生児室のカーテンは閉まっていた。
少し残念だった。
リンゴジュースを買った。
飲みながら、
「パイナップルみたいな味がするなぁ」
なんて、どうでもいいことを考えていた。
こんな日でも、そんなことを思う自分がいた。
12:00|病室で食べた昼食

昼食が運ばれてきた。
栄養バランスの整った食事。
ありがたいと思った。
つわりはまだ残っていたけれど、少しずつ食べられるようになっていた。
この日は完食できた。
一つひとつ、料理に感想を言いながら食べた。
もちろん、ひとりごと。
美味しかった。
食べながら、涙が出た。
食事をしている。
ちゃんと食べている。
自分は生きようとしている。
そのことが、なんだか苦しかった。
涙も一緒に食べているような気がした。
14:25|夕方の処置を待つ
昼食後、少し眠った。
次の処置は夕方と言われていた。
でも、夕方って何時なんだろう。
なかなか呼ばれない。
部屋に入っていた日差しが、だんだん消えていった。
部屋が少し暗くなった。
気持ちまで暗くなる気がした。
電気をつける気にもなれなかった。
動画でも見ればいい。
時間をつぶせばいい。
そう思っていたのに、
何もする気になれなかった。
机に突っ伏して、自分の呼吸する音を聞いていた。
ご飯を食べる。
呼吸をする。
お腹も空く。
自分ばっかりこれからも生きようとするんだよな。
「あーあ。あーあ。」
17:22|2回目の産道拡張
ようやく処置室へ呼ばれた。
診察台に上がる。
午前中に入れた管を抜いて、新しいものへ入れ替える。
今度は本数が増える。
膣を広げる器具が痛かった。
思わず声が出た。
先生の声が聞こえた。
「もう少し」
「あと一本」
最終的に6本入れることになった。
どのくらいの大きさになっているのか。
怖くて聞けなかった。
お腹には、鈍い痛みと圧迫感があった。
座るのも少し怖かった。
明日から陣痛を起こすための薬を使う。
これはその前の準備。
そう思った。
赤ちゃんが出てくるとき、少しでも苦しくありませんように。
「出てくるときは、なんのストレスもなく出てこられるといいね」
「世界は明るいよ」
「明日会えるね」
お腹に話しかけた。
17:29|病室へ戻る
病室へ戻った。
お腹の圧迫感が続いていた。
処置室を出るとき、血のついたペーパーが見えた。
出血したのかな。
ぼんやりそう思った。
気がつくと、また涙が出ていた。
声を上げて泣いているわけではない。
ただ、ぽろぽろと涙が落ち続けた。
外からは、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
私は同じ病院の中で、正反対の場所にいるような気持ちになった。
18:00|最後の夕食

夕食が運ばれてきた。
明日は食事をとらない予定になっていた。
これが出産前の最後の食事になると思っていた。
お腹には生理前のような重さと、鈍い痛みがあった。
休みながら食べた。
つわりのころから、お腹が空くと気持ち悪くなることが怖かった。
だから、「明日お腹が空いたらどうしよう」そんなことまで考えていた。
また、食べながら泣いた。
食べることは、生きることなんだなと思った。
意識しなくても、身体は生きようとしている。
咀嚼しながら、いろんなことを考えた。
お腹を触った。
「美味しいね」
「ありがたいね」
そう話しかけた。
そして、
赤ちゃんに言った。
「今日でご飯、終わりなんだよ」
明日。
陣痛を起こす。
赤ちゃんを産む。
夕食を終えた。
お腹にはまだ、処置の圧迫感が残っていた。
これから夜が来る。 赤ちゃんと過ごす時間を、私はひとりで数え始めた。


コメント