41歳で不妊治療を始めて、採卵をした時の結果です。
採れた卵子は15個。
そのうち11個が受精し、最終的に8個の胚盤胞を凍結できました。
数字だけを見ると、短い記録です。
でも、採卵の結果を待つ時間は、数字以上に長く感じました。
この記事では、私の採卵から受精、胚盤胞凍結までの結果を、実際の内訳と一緒に残しておきます。
※ここに書くのはあくまで私の場合です。採卵数や受精・胚盤胞到達の結果は、年齢、卵子・精子の状態、治療方針などで大きく変わります。
私の採卵結果|15個→11個→胚盤胞8個
今回の結果は、こうでした。
| 段階 | 個数 |
|---|---|
| 採卵できた卵子 | 15個 |
| 受精した卵子 | 11個 |
| 凍結できた胚盤胞 | 8個 |
採卵数を聞いた時、嬉しくなかったわけではありません。
ただ、37歳の時に卵子凍結をした際には22個採れたので、最初に浮かんだのは「前より少ないな」でした。
41歳での採卵です。
年齢のことも、卵子のことも、何も考えずにいられるわけではありませんでした。
それでも、採れた15個が受精して、そこからどこまで育ってくれるのか。
私にできることは、待つことだけでした。
ふりかけ法と顕微授精に分けて受精させた
受精方法は、培養士さんと相談して分けることになりました。
- ふりかけ法:7個
- 顕微授精:5個
すべてを一つの方法に決めるのではなく、両方で進める方針でした。
この時は、言葉の意味を一つずつ理解しながら、目の前の選択をしていくことで精一杯だったと思います。
治療を始めた頃は、「採卵できるか」「受精するか」「胚盤胞まで育つか」と、越えなければならないことがいくつもあるように感じていました。
ひとつ結果が出るたびに少し安心して、次の連絡を待つ。
不妊治療は、その繰り返しでした。
11個が受精して、8個が胚盤胞になった
受精したのは11個。
そのうち、8個が凍結できる胚盤胞まで育ってくれました。
胚盤胞の内訳は、次の通りです。
| 胚盤胞になった日 | グレード | 個数 |
|---|---|---|
| 5日目 | 4AA | 2個 |
| 5日目 | 4AB | 4個 |
| 5日目 | 4BA | 1個 |
| 6日目 | 4AB | 1個 |
| 合計 | 8個 |
結果を聞いた時、私はかなり希望を持ちました。
特に、4AAが2個あったことが本当に嬉しかったです。
数字と記号が並んだ培養結果の用紙を見ながら、「こんなに育ってくれたんだ」と思いました。
採卵までに何度も注射をして、通院して、採卵の日を迎えて。
その先に、8個の胚盤胞が残った。
あの時の私にとって、それは次へ進むための大きな希望でした。
胚盤胞のグレードについて、当時の私が思っていたこと
胚盤胞には、4AAや4ABのようなグレードがつきます。
これは胚の発育段階や見た目をもとにした評価です。
一方で、グレードだけで染色体の状態までは分かりません。
今の私は、そのことを経験として知っています。
でも、だからといって、4AAを見た時の私の喜びまで書き換えたくはありません。
あの時は、嬉しかった。
「ちゃんと育ってくれたんだ」と思った。
その気持ちは、本当です。
治療の途中にいると、未来のことを全部知ることはできません。
だからこそ、その時その時で受け取った希望を、大事にしていいのだと思っています。
最初の移植に選ばれたのは、5日目4AAの胚でした
この8個の中から、最初の胚移植では5日目・4AAの胚を移植しました。
私はその胚を、心の中で「4号」と呼んでいました。
採卵して、受精して、胚盤胞になって、凍結されて。
小さな受精卵に番号がついて、次はお腹に戻す日を待つことになります。
不妊治療では、数字や専門用語に囲まれることが多いです。
けれど私にとっては、どの胚もただの数字ではありませんでした。
ここまで育ってくれたこと。
次の挑戦につながるものが残ったこと。
それが、あの時の私を支えてくれていました。
41歳の採卵で、8個の胚盤胞が残ったこと
41歳で採卵して、15個採れて、11個が受精して、8個が胚盤胞になりました。
結果を聞いた時の私は、この先に何があるのかまだ知りませんでした。
それでも、希望を持っていました。
そして今振り返っても、あの時に8個残ってくれたことは、私にとって大きな支えです。
不妊治療では、誰かの採卵数や胚盤胞の数を見て、不安になってしまうこともあると思います。
でも、同じ年齢でも、同じ数でも、治療の道のりは一人ひとり違います。
私は私の15個、11個、8個を、忘れたくありません。
ここまで一緒に進んできた記録として、残しておきます。
次は、初めての胚移植で実際にしたことも書きます。


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