NIPT陽性後、次の不妊治療についてオンライン診療を受けた日【2026年7月31日】

NIPTで21トリソミー陽性の結果を受けてから、苦しい時間を過ごしていた。

7月28日に結果を聞いた。羊水検査は8月7日。

結果を聞いてから、検査まで10日間も待つことになる。

何もしないで待っている時間が、とにかく苦しかった。

ただ、苦しい気持ちだけではなかった。

41歳で妊娠できたこと。

ここまで自分のお腹で赤ちゃんを育てられたこと。

つわりも、赤ちゃんと一緒に乗り越えてきた。

お腹を触って、そこにいることを感じるたびに愛しいと思っていた。

それでも私は、

次のことを考えていないと、壊れてしまいそうだった。

目次

羊水検査まで、検索をやめられなかった

羊水検査についても、何度も検索した。

NIPT陽性から結果が変わった人はいないか。

自分と同じくらいの年齢の人はいないか。

体験談を探した。

確率についても調べた。

何度も計算した。

でも、検索を続けても私の結果が変わるわけではない。

それは分かっていた。

それでもやめられなかった。

そして、不妊治療についても調べ直し始めた。

もし羊水検査でも陽性だったら。

その後はどうなるのか。

また妊娠を目指すことはできるのか。

いつから不妊治療を再開できるのか。

まだ羊水検査すら受けていないのに、

私はもう「次」を探していた。

PGT-Aという言葉を、もう一度考え始めた

その中で、PGT-Aという言葉を改めて考えるようになった。

PGT-A。

この言葉を、このとき初めて知ったわけではない。

不妊治療を始めるときにも、私は説明を受けていた。

37歳のときに凍結した未受精卵を使うことができるのか、最初のカウンセリングで先生に聞いたこともあった。

そのとき先生からは、

「保険適用の不妊治療からでいいんじゃないですか。その場合は新たに採卵手術を行います」

と説明された。

私は、

「はい」

と答えた。

その後、保険適用で不妊治療を始めた。

胚移植を控えたころには、PGT-Aについて書かれた資料も受け取っていた。

私は読んでいた。

だから、

PGT-Aを知らなかったわけではない。

ただ、その選択肢が自分にとって何を意味するのかを、当時の私は深く理解していなかった。

「こういう検査もあるんだな」

そのくらいの認識で通り過ぎていた。

NIPTで陽性という結果を受けて、

私は初めて、その言葉を強く意識することになった。

不妊治療クリニックのオンライン診療を受ける

7月31日。

不妊治療クリニックのオンライン診療を受けた。

画面越しに先生と対面する。

女性の先生だった。

なぜか、それだけで少し安心した。

私は、

NIPTで21トリソミー陽性だったこと。

これから羊水検査を受けること。

そのことを話した。

話しているうちに涙が出てきた。

言葉が途切れる。

それでも、聞きたいことを聞かなければと思った。

次の治療について。

PGT-Aについて。

もし羊水検査でも陽性だった場合、その後いつ頃から不妊治療を再開できるのか。

私はもう、次のことを考えていた。

まだ羊水検査も受けていないのに。

「いつ頃から治療を再開できますか」

先生に聞いた。

「羊水検査が陽性だった場合、いつ頃から治療を再開できますか」

このとき先生からは、

身体の回復などを確認しながら、およそ2〜3か月で移植へ進む人が多いという説明を受けた。

これは、7月31日に私がオンライン診療で受けた説明だ。

必要な書類についても聞いた。

再び最初からカウンセリングを受ける必要があるのか。

治療前の検査をやり直す必要があるのか。

入院する病院から何か書類をもらう必要があるのか。

一つずつ確認した。

私は、

次の治療へ進むための道筋を必死に探していた。

凍結している胚にPGT-Aはできるのか

そして、一番聞きたかったことを聞いた。

現在凍結している胚にPGT-Aを行うことはできるのか。

このとき、私が通っていたクリニックからは、

保険適用で作った現在の凍結胚については、そのままPGT-Aを行うことはできないという説明だった。

一方で、37歳のときに自費で凍結した未受精卵については、

解凍して受精させ、PGT-Aを行う選択肢があると説明された。

ただし、その場合は自費診療になる。

費用も大きくなる。

私は、涙をこらえながら聞いていた。

まだ羊水検査もしていないのに

オンライン診療が終わるころには、聞きたかったことは一通り聞けていた。

でも今思えば、

私は冷静ではなかった。

まだ羊水検査を受けていない。

まだ21トリソミーと確定したわけでもない。

それなのに、

もう次の妊娠について考えている。

次の治療について聞いている。

PGT-Aについて調べている。

でも、

何もしない時間が苦しかった。

ただ待っていたら、自分がどうにかなってしまいそうだった。

だから次の行動を探した。

私に残っていた希望は、次の治療だった

オンライン診療が終わったあとも、PGT-Aについて調べ続けた。

調べて。

調べて。

調べた。

このときの私は、

次に妊娠を目指すなら、PGT-Aという選択肢についてもっときちんと理解したうえで考えたいと思っていた。

治療を始めたころにも説明は受けていた。

資料も見ていた。

それでも、自分にとってどういう選択肢なのかまで理解できていなかった。

だから今度は、

できることを全部知っておきたい。

自分で調べたい。

自分で考えたい。

そのうえで、自分で選びたい。

そう思った。

7月31日の私は、

まだ羊水検査すら受けていなかった。

それなのに、もう次の治療を考えていた。

今思えば、必死だった。

立ち止まったら壊れてしまいそうだった。

だから私は、

次のことを考えた。

次の治療を調べた。

その先にある希望を探した。

あのときの私に残っていた希望は、次の妊娠だった。

この記事を書いた人

不妊治療、妊娠と喪失、子どもを迎えるための準備、仕事、資格、旅。
選んで、つくって、生きていく途中の記録を、YACONOMAに残しています。

※このブログでは、当時のメモや写真を見返しながら、過去の出来事も時系列に沿って記録しています。
記事の公開日と、書いている出来事の日付が異なる場合があります。

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